小樽市役所で観光振興について勉強させていただきました。小樽は、アイヌ語で「オタオルナイ」(砂浜の中の川)と呼ばれていたことに由来するといわれています。今から約380年前に松前藩の商場が置かれ、やがてニシン漁業を生業とする集落が形成されました。明治時代になると開拓移民の上陸基点となりました。やがて国際貿易港として石炭、雑穀などの輸出が盛んになり、多くの金融機関が集まりました。当時小樽の穀物相場がロンドン相場に影響を与えるほどの経済力を誇っていました。太平洋戦争後、経済情勢や流通手段が大きく変化し、大手都市銀行の支店が次々と撤退しました。経済の復興を図るために小樽駅前再開発事業などの施策が進められました。また歴史、地域の特性を活かしたまちづくりを進めて来たことにより多くの観光客が訪れる観光都市として賑わいをみせています。この観光施策として以下の点に感銘を受けました。①陸上運輸に押され利用頻度が低下し、かつ水質が悪化した運河を埋め立てるか否かという運河論争を契機に、運河の役割を見直し、観光都市として発展して来たこと。その過程において元々活発にお祭りの運営に貢献していた地元の個人や団体が都市の発展のために積極的な役割を果たしたこと。②厄介ものであった積雪を逆手にとり「小樽雪あかりの路」というイベントを開催して観光振興を図っていること。
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